一つ上の先輩といろいろ話したり、友人と話したり、本読んだりして思うけど、
正しい生き方とか、失敗とか成功とかそんなのない。そんなの、客観的史観でしかない。
私は親がどんなに文句言ってこようが自分のやりたいことをやりとおしてきたし、そんな生き方をしてきたから親も仕事に関しては「私のやりたい仕事をしなさい」と言ってくれる親です。
しかし、自分は一人っ子であと何年かで親も定年で、祖父母のことも考えるとちゃんと定期的に収入のある仕事じゃないとだめだなーとか考えます。
自分がすきなことだけして生きることができるってすごいことなんだなって思いました。
おすすめの本ですが、『続・働く理由ー99の至言に学ぶジンセイ論。』
ほとんどじーーーーーん
とくる言葉なんですが、一部紹介します


映画監督になりたいという人がいるが、その考えは間違っている。
何かになりたいというのは、有名になりたい、人から認められたいという気持ちの表れにすぎない。
大事なのは、映画をつくりたいと心から思うことだ。
人間は自分の心に映ってゐるものについて、
それを外に描くことによってよく見るものであり、
歌ふことによって聞くのであり、
語ることによって知るのであり、
つまりは、表現することによって認識するのである。
他人のはなしィきいてみて、「こいつァ、オレよりまずいな」と思ったら、まず
自分と同じくらいの芸ですよ。人間にゃ誰だって、多少のうぬぼれがありますからね。
「オレと同じくれえかな」と思うときは、向こうのほうがちょいと上で、
「こいつァ、オレより、たしかにうめえや」と感心した日にゃァ、
そりゃァもう格段のひらめきがあるもんですよ。
ぼくは口が裂けてもアキラメロなどと言わない。
それどころか、青年は己の夢にすべてのエネルギーを賭けるべきなのだ。
勇気を持って飛び込んだらいい。
仮に親の顔色をうかがって就職し、安定を選ぶとしようか。
が、それが青年自身の人生なんだろうか。
”俺は生きた!”と言える人生になるだろうか。
そうじゃないだろう。親の人生をなぞるだけになってしまう。
そんな人生に責任を持てるだろうか。
若者自身の生きるスジはだれにも渡してはならないんだ。
失敗したっていいじゃないか。不成功を恐れてはいけない。
人間の大部分の人々が成功しないのがふつうなんだ。
パーセンテージの問題でいえば、その99%以上が成功していないだろう。
しかし、挑戦した上での不成功者と、挑戦を避けたままの不成功者とでは
まったく天地のへだたりがある。
挑戦した不成功者には再挑戦者としての新しい輝きが約束されるだろうが、
挑戦を避けたままでオリてしまったやつには新しい人生などない。
ただただ成り行きにまかせてむなしい生涯を送るにちがいないだろう。
誰かの心にもこれらの言葉が届きますように…
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