死に目に会うということ

今回は旅がテーマでなく人生について。旅についてはまた細々と書いて行きますね。

親の死に目に会うという言葉があるけれど、いったいどれくらいの人が親の死に際を見届けることができるんだろう?

我が家は二世帯住宅。
1階には祖父母とワンコが住み、2階に父母と私。
ワンコは私が中学生のとき、祖父は6年前に亡くなり、昨日祖母も亡くなった。

家が古いため、玄関のドアを開けたり話したりテレビを見てたりの音が聞こえる。

昨日は私は家にいた。前日仕事で帰宅が深夜に及びクタクタだった。

祖母に会いに来てた叔母が珍しく2階の私に会いに来た。
「おばあちゃんが死んでる」

きっと長い一日になると感じた私はすぐコンタクトをつけ、髪を整え着替えて行った。

まだぬくもりはあるが、冷たかった。
救急車が来てくれて、電気ショックをしてくれたが時すでに遅し。

もう大丈夫ですと伝えたが、駆けつけた以上医療行為はしなければならないそうだ。

その後、警察が来てご近所の野次馬と慌ただしかった。母は海外、父はどこかに(携帯持ってないし行き先不明)。

叔母と共に対応していき、死に現実感はなかった。

ありがたいことに、家族の死に際や死にたて?に立ち会うことはできているのだが、自分の親の死に目には会えるのだろうか?


我が家は私が相続することになっている。

しかし、お隣さんはいなくなりマンションが建ち、自分の両親も祖父母もいない家に一人で暮らしていくことの方が辛い気がする。

帰る場所があるというのはしあわせなことだ。

RESFEBER

こころが飛び跳ねる、そんな毎日をひかりと共に。 2016年の途中からは世界のたびのことを。

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